みことばの種

10/5 足がよろける時

 

 

詩篇94:18-19

「もしも私が、『私の足はよろけています』と言ったとすれば、主よ、あなたの恵みが私をささえてくださいますように。私のうちで、思い煩いが増すときに、あなたの慰めが、私のたましいを喜ばしてくださいますように。」

 

聖書の中に見られる神の描写で、私がいつも素晴らしいと思うことの一つは、非常に理解あるお方であるということです。神は私たちの弱さを知っておられます。私たちのもろさを知っておられ、なぜできないのかと私たちに聞くようなことはなさいません。神が私たちに求めておられるのはただ、私たちが持っているものを捧げることで、神はそれを超えた恵みを与えてくださいます。

詩篇の作者はここで、「私の足はよろけています」 と言っています。彼はもはやどうすることもできない状態にあります。自分を救うことができないのですが、大いに感謝して、「主よ、あなたの恵みが私を支えてくださいますように。」と言っています。それは、幾度も経験できるのです。私たちの足がよろけるとき、神はその大きな愛とあわれみをもって手を差し伸べ、私たちを支え、救ってくださいます。

そして、詩篇の作者は、「私のうちで、思い煩いが増すときに、あなたの慰めが、私のたましいを喜ばしてくださいますように。」 と言っています。それもまた、経験できることです。思い煩いと恐れと試みの時、神は慰めをもって私たちの内に来てくださり、私たちが経験するあらゆる困難にもかかわらず、神の慰めは私たちのたましいに喜びをもたらします。事実、より大きな反対や困難、問題が起こる時、より素晴らしいことは、神の慰めから私たちが受け取る喜びの経験をするということです。