みことばの種

21/1 神に受け入れられる宗教

 

詩篇146:9

「主は在留異国人を守り、みなしごとやもめをささえられる。しかし主は悪者の道を曲げられる。」

聖書は一貫して、在留異国人や見知らぬ人、追放された人、守られていない人、特に、みなしごとやもめに対する主の守りについて強調しています。そして、神はその思いを私たちに分け与えようとチャレンジをしておられます。新約聖書のヤコブの手紙の中に、「父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児ややもめたちが困っているときに世話を」することであると定義しています。ご存知のように、私たちが宗教に熱心であると考えている多くのことは、神の視点ではほとんど意味を成さず、また神が非常に重要だとみなしているいくつかのことを私たちは怠っています。

神は在留異国人を世話し、やもめを世話し、孤児を世話します。もし神が私たちにご自身の性質とあわれみを私たちに分け与えてくださっているなら、私たちは神が持っておられるのと同じ種類の世話をし、同じ種類の思いやりを持つようになります。そして、それは神に受け入れられる宗教となります。それは単に宗教的な活動のことを言っているのではありません。また、単に教会に行って讃美歌を歌うことでもなく、神の思いやりの心を共有することです。神が気にかけてくださるので、私たちも気に掛ける必要があります。

今日、私たちが受けている特権にあずかっていない世界中の人々に私たちの心づかいや思いやりを示す数え切れないほどの機会があります。神は心に留め、世話をされます。私たちも世話をする必要があります。