みことばの種

16/4 祈りによる平和

 

 

詩篇122:6

「エルサレムの平和のために祈れ。『おまえを愛する人々が栄えるように。』」

 

神は、あらゆる国々、あらゆる背景のすべての人に、ある一つの町の平和に関心を持つように求めておられます。その町とは、エルサレムです。その祈りの促しのことばは、聖書を信じるすべての神の民に向けられています。私たちみながエルサレムの平和のために祈るようにと神は言われ、もし私たちがエルサレムを愛し、その平和のために祈るなら、私たちは栄えるという素晴らしい約束を加えると言っておられます。

「栄える」と訳されている語の本来の意味は、物質的な繁栄ではなく、安心であること、緊張がないこと、心配や重大な問題、懸念から解放されているということです。そして、その奥義は、神の目的に心で結びついていることです。神の目的は、エルサレムとイスラエルの平和と祝福、回復で、私たちが神の目的に祈りにおいて一致するなら、私たちは神の繁栄と平和の計画の中に入るのです。私たちは、混乱の世界の中で眠っています。

神がなぜ、私たちにエルサレムの平和のために祈れと求めておられるのかというその理由は、すべての国々の平和と繁栄という神の完全な計画が、エルサレムの平和にかかっているからです。ですから、私たちがエルサレムの平和に関心を持ち、そのために祈ることは、それが私たち自身に関係しており、私たち自身の益であるというのは、エルサレムが平和を楽しむとき、すべての国々が平和を楽しむからです。そして、その日が来るまで、本当の平和、永久的な平和を楽しむ国は一つもないのです。