みことばの種

16/7 喜びの時

 

 

詩篇126:1-2

「主がシオンの繁栄を元どおりにされたとき、私たちは夢を見ている者のようであった。そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。そのとき、国々の間で、人々は言った。『主は彼らのために大いなることをなされた。』」

 

主が私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜ぶ。このことばは、今の世代において成就しつつあります。うんざりするほど長い19世紀もの国外追放を経て、今、主は地の隅々からご自身の散らされたユダヤ民族、回復されたイスラエルを連れ戻しておられます。まさに、神がすべてのご自身の預言者の口を通して語られてきたように。そして、大いなる喜びと楽しみがあるでしょう。今現在、回復は始まっていますが、その完成には至っていません。

そして、このみことばの中に非常に重要なことがあります。2節ではこう言っています。「そのとき、国々の間で、人々は言った。『主は彼らのために大いなることをなされた。』」 そして、続く3節で、イスラエル自身が主がなされたことの偉大さに目覚め、こう言っています。「主は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ。」 それが、今日、神がイスラエルのためにしておられことの偉大さを見ている聖書を信じるクリスチャンであることは、聖書の正確さの意義であり、特徴です。彼らは他の国々の間で、主が彼らのために大いなることをしてこられたことを語っていますが、現在、ユダヤ民族は、主が彼らのために大いなることをしてくださっているという事実にユダヤ民族は目覚めつつあるようです。このように、私たちは、シオンの捕らわれ人たちの回復という約束のみことばが、私たちの時代に起こっていることを見ているのです。