みことばの種

24/3 聖なる方を知る

箴言9:10-11

「主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。わたしによって、あなたの日は多くなり、あなたのいのちの年は増すからだ。」

このみことばのある部分を読むたびに、私は一種の魅力に取りつかれます。それは、「聖なる方を知ることは悟りである」 というフレーズです。それは、神がどのようなお方であるかを私たちが知るようになる時、また神が聖なるお方であることを確かに見出したときの、神との交わり、神との関係を表わしているように私には思えるのです。聖であることは神のご性質で、いかなる被造物も同じレベルには達しません。

人生の最終地点は、聖なる方、神を知ることであると私は信じます。神を知るところに知恵がやって来、人生の一時的な祝福もやって来るでしょうが、それは正しい順序でなければなりません。私たちは、一時的な祝福を追い求めるのではなく、聖なる方を知ることを追い求めるのです。

「わたしによって、あなたの日は多くなり、あなたのいのちの年は増すからだ。」 と言われています。神を知ることをあなたの目標としてください。イエスは言われました。「その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」 その知識から豊かないのち、今現在、そして永遠に至るいのちがあふれ流れるのです。