みことばの種

12/3 岩なる主

 

 

詩篇105:41

「主が岩を開かれると、水がほとばしり出た。水は砂漠を川となって流れた。」

 

神の民イスラエルへの神の備えを描いています。彼らが40年間さまよっていた、ため池もなく、川や小川もない、水はほとんど存在していなかった乾燥した不毛の荒野で、神は彼らにあふれんばかりの水を与えてくださいました。神は、それを不可能と思える方法で与えました。岩から水を出したのです。砂漠で岩を見ると、とても堅くて頑丈で、そこから何も出てきそうにはありません。岩に例えられているのは、その民とともにおられる神です。神ご自身が岩であり、神からその民のための神の備えがほとばしり出るのです。イスラエルはその岩への近づき方を知っていたということが重要です。

モーセの時には、岩を打つようにと命じられました。別の時に、モーセは岩に命じよと言われ、彼が信仰と従順によって岩に近づいたとき、その堅くごつごつした岩から水がほとばしり出て、砂漠を川となって流れたのです。それは、私たちの人生においてもしばしば起こり、空しく、何もないように思えるときも、神はそこにおられるのです。神は岩の形をしてそこにおられます。神がその堅くてごつごつしたようなものだと思え、私たちは不満を言いたくなるでしょう。しかし、その中におられる神に私たちが気づき、信仰と従順をもって近づくとき、その岩は私たちの備えの源となるのです。