みことばの種

06/6 神を喜びとする

 

 

詩篇37:4

「主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。」

 

最初のことば、「主をおのれの喜びとせよ。」に注目してください。ある人が、次のような質問を人々に投げかけました。「あなたの宗教を楽しんでいますか。それとも、それを耐えていますか。」 私は、大多数の人にとって、宗教は耐えるものであるのではないかと思います。それは何か痛みを伴う義務のようなものですが、それは神が私たちに望んでおられるものではありません。神は私たちに神に耐えてほしいのではなく、神を楽しんでほしいのです。

長老派教会の基本的教理であるウエストミンスター告白は、このように言っています。「人間の最大の義務は、神をほめたたえ、永遠に神を楽しむことである。」 あなたは、神を楽しむということについて考えたことがありますか。それは単に、神が私たちの望みや思いのすべてをかなえてくださるという意味ではありません。神は私たちのうちに、神にある、益となる願い、神ご自身が持っておられる願いという、新しい願いを与えてくださいます。そして、神はまず第一に私たちの心の中にその願いを与え、私たちが主にある自分自身を喜ぶとき、つまり私たちが本当の喜びと楽しみ、主との個人的な交わりに満足を得るときにその願いがやって来ます。神ご自身の願い、神が私たちと共有したい願いを私たちの心におかれ、そこから祝福された平安が訪れます。