みことばの種

16/3 神の権威を行使する

 

 

詩篇122:3-5

「エルサレム、それは、よくまとめられた町として建てられている。そこに、多くの部族、主の部族が、上って来る。イスラエルのあかしとして、主の御名に感謝するために。」そこには、さばきの座、ダビデの家の王座があったからだ。」

 

神の民がさばきの座のある所に、上って来るようにと神によって命じられています。なぜなら、神の民は、今日の神とともにさばきの座について、神のために国々を治めるために、世界で神にある統治者となることが定められているからです。

しかし、神の民がそのさばきの座で正当な場所を取ることができるのは、同じ種を礼拝するために一致してともに集まる場所だけです。ですから、神の民によって権威の行使は、私たちがともに集まることによるのです。私たちが別々にいる限り、私たちが自分たちの小さな仲間だけ、小さな集まり、小さな教派だけで集まるだけでじっとしているなら、私たちは、神が私たちのために示された権威を行使することができません。権威は一緒に集まることにかかっています。ともに集まる時、私たちは同じ神、同じ主イエス・キリストを礼拝しているという一致をあかししていることになります。そのあかしをするとき、私たちはさばきの座に、神とイエス・キリストとともにいる権利があり、主イエスの御名によって権威の杖を伸ばし、神のために神の権威とさばきを行使ディますが、それは私たちが一致をもってともに集まる時だけなのです。