みことばの種

18/2 祝福の場所

 

 

詩篇133:1-3

「見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。それはひげに、アロンのひげに流れてその衣のえりにまで流れしたたる。それはまたシオンの山々におりるヘルモンの露にも似ている。主がそこにとこしえのいのちの祝福を命じられたからである。」

 

最後のフレーズ、「主がそこにとこしえのいのちの祝福を命じられたからである。」 に注目してください。主の祝福の命令のあるところに住む者であることは、常に私の願いです。なぜなら、主が祝福を命じられるなら、この宇宙の中には、その祝福に抵抗したり、その祝福を抑制することのできる力は何一つないからです。

神の民が幾度も神に祝福を呼び求め、祈り求めてきたことを私たちは知っています。私もそれを理解できますが、私にとっては、神が祝福を命じたその所に住むことの方が、より素晴らしいことだと思うのです。その場所はどんなところでしょうか。兄弟たちが一つになってともに住む場所、それが、主がとこしえのいのちの祝福を命じられているところです。一致からいのちがあふれ流れ、詩篇の作者が言うように、それは祭司アロンの頭に注がれた油のようなのです。それはアロンの頭のてっぺんから流れ落ち、彼のひげや衣の襟にまで流れ落ちていきます。

もう一つの重要な原則があります。それは、一致は頭から下へ向かって流れるということです。それは、足先から上に向かうのではありません。神の民の一致は、神の民のリーダーたちの一致から始まるのです。神の民のリーダーたちが霊にあって一つとされているとき、その注がれた油はキリストのからだの残りの部分に流れ落ち、その一致の場所に神は祝福を命じられます。私たちはそのあとを追いかける必要も、それを目指して努力する必要もありません。私たちはその条件を満たさなければならないのです。