みことばの種

15/2 神の戒めにとどまる

 

 

詩篇119:92-93

「もしあなたのみおしえが私の喜びでなかったら、私は自分の悩みの中で滅んでいたでしょう。私はあなたの戒めを決して忘れません。それによって、あなたは私を生かしてくださったからです。

 

この世界で一つ、確かなことは、私たちは苦しみから永遠に逃れることはないということです。私たちはだれしも、その「苦しみ」という言葉の意味を知る時が必ず来るのです。新約聖書で使徒たちは新しいクリスチャンたちに向かって、「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なければならない」 と言っています。ですから、苦しみを回避する人生を送る方法を探そうとしないでください。なぜなら、もしそれを見つけたとしても、その道はあなたを天に連れて行ってはくれないからです。

しかし、苦しみの中ではあなたには錨が必要です。それこそ、今お読みした聖書箇所が言っていることです。もし、神のみおしえが私の喜びでなかったら、私は自分の苦しみの中で死んでいただろう。プレッシャーや波やうねりが私を襲って来た時、私の小さな船はその怪物のようなうねりにのまれそうになった時、私には錨があった。それは神のみおしえで、私はその教えを守っていた。そして、彼は自分の経験を振り返り、感謝してこう言っています。「私はあなたの戒めを決して忘れません。それによって、あなたは私を生かしてくださったからです。」

私たちが苦しみのただ中で神のみおしえに立ち返る時、私たちはそのみおしえからいのち、新しいいのち、あらゆる反対とプレッシャーにもかかわらず、わき出でるいのちを受け取ります。神のみおしえと神のことばからいのちが生まれ、それは私たちに敵対するあらゆる力よりはるかに力強いいのちです。