みことばの種

04/2 義の衣

 

 

詩篇17:15

「しかし、私は、正しい訴えで、御顔を仰ぎ見、目ざめるとき、あなたの御姿に満ち足りるでしょう。」

 

なんと、美しいことば、素晴らしい希望でしょうか。時を超え、永遠に至る、すべての真の信仰者の希望です。私たちはいずれ死を迎えますが、ある日目覚めるその時、主に似た者としての喜びで満ちあふれます。主の義を身にまとい、主の似姿にされ、主の御顔を仰ぎ見る目覚めです。

「満ち足りるでしょう。」 ということばに、私はただ喜びを感じます。神ご自身のほかに人間の心を完全に満たすことのできるものは何もないと私は思います。この人生で今、私たちは神とつながっています。私たちは神を知り、神に仕え、神のみこころを行ないます。しかし、その啓示の中には、私たちはなおも肉なる被造物であるというギャップがあり、覆いがかかっています。私たちの考えと概念にはあまりにも限界があり、神を理解するには不十分です。

しかし、私たち自身の義ではなく、神の義を身にまとい、神の御座の前に立つ完全な姿で神の義にめざめるその日がやって来ます。神と顔と顔を合わせ、私たちは満ち足ります。それに代わるものは何一つありません。それが、いのちある者すべての最後です。それは、神ご自身がすべてを終えられる時です。